緑のコトノハ

いつか人間になるかもしれません。ならないかもしれません。

2022/04/06

七時起床。余程今週末の東京行き断念が悔しかったのだろうか、そんな夢を見た。起き抜けの耳の痛みが少しマシになっている程度で体調、体温は依然平行線を辿っている。彼も体調が良くない様子で、コロナウイルスのしぶとさを思う。

母が食パンを四分の一、トマト、ヨーグルト、バナナ半分をワンプレートにした朝食を持って来てくれた。それを食べながら彼とビデオ通話を繋ぐ。トマトが喉にしみた。食後談笑し、そのまま二人共画面の前で眠ってしまった。

十時半過ぎに起きて喋っていると、保健所から彼に連絡が入ったようで一度通話を切った。彼は今日PCR検査を受けるらしい。仕方がないとは言え、彼の様子を見ていると、もう少し速い対応ができるシステムを作れないものだろうかと思う。母、姪、祖父母は今朝保健所にて検査を済ませ、結果待ちだと言う。

昼食、母が作って持って来てくれたのは親子丼だった。それも彼とビデオ通話を繋いで食べた。

食後程なくして、なんとかかんとかコーディネートセンター?的な名前の場所から電話が入る。ホテル療養のホテルを調整致しますが希望で変わりないですか?という連絡だった。あまり良い印象を抱いていなかったホテル療養。行きたくない、このまま自宅にいたい、という気持ちがあったので父に相談するも、ホテルへ行け、と言われる。すぐに調整が終わったのか、県庁の人から電話が入り、今日十六時に入所できるか?と聞かれた。少しだけ考えたいという旨を伝えると、こっちだって調整が大変で後ろが詰まってるんだから早くしてよ、というような辛い当たり方をされた。再度父に連絡すると、半泣きだった自分に揺さぶられたのか家にいてもいい、と先程とは正反対の事を言う。次女や彼に相談すると、次女は「こんなとこにいるより余程良いでしょ、私だったら行くのに、良いなぁ」と言い、彼はただただ聞いてくれた。思い直して県庁の担当者に部屋を用意して欲しい、と連絡すると、酷い態度の反省からなのか「看護師も常駐していて体調管理もしてくれるし、そっちの方がいいと思いますよ」とやけに優しい言葉をかけられた。最終的に自分で決断したものの、彼に通話で報告していると、ここ数日間のコロナ感染にまつわる心身へのストレスが限界になり泣いてしまった。

感染症は一定レベルの予防をしていたのであれば、誰が悪いとか言うレベルにない、これだけ拡がった今となっては尚更。そもそも病気に伏せった人間に対してまずはお見舞いの気持ちや心配をし、手を差し伸べるのが人の心のあるべき姿じゃないだろうか、責任を問うなぞもっての外。そういう風に考える人間ばかりではないと分かってはいたが、実際自分が罹り、キツい人当たりを経験すると、身体が弱っているのも相まって精神的にくるものがある。思考と感情は別の部分もあるらしく、自分が周囲にウイルスを持ち込んでしまったという責任も感じていた。更には物理的に外界から遮断されることで自由がきかない。ウイルスではなく、ウイルスを取り巻く人間に殺されるな、と感じた。

重い腰を上げ、身支度を整え、担当者から告げられた必要物を準備する。十五時頃、父と玄関で待ち合わせ、家を出る。新居に寄ってもらって本を数冊選んで鞄に入れた。

十六時前、ホテルに到着し、指示された番号に電話を入れる。感染予防をしっかりとし、フレッドペリーのニットを着た若い男性が鍵を回しながら近づいてきて、名前を訊かれる。父とバイトかな?と話す。しばらく待った後、またその男性が近づいてきて、降りてください、と言われ、ホテルの中へと案内された。

中に入ると、天井から壁まで感染対策のビニールで覆われ、床は段ボールやベニヤ板が敷かれていた。背後でドアが閉まり、案内標識通りに進むと、階段下に設置された電話が鳴る。取ると名前を確認され、そこに部屋番号と名前が書かれた封筒があるので取って部屋まで進んでください、などと女性の事務局員から機械的な説明を受ける。

部屋に到着し、荷物を置いて息をついていると、部屋の電話が鳴ったので取った。同じ事務局員の声がした。咳き込んでいると、此方から一方的に説明しますので不明点以外は返事無しで大丈夫です、と言われ、ホテル療養の説明を受ける。知らなかったけれど、一日二回、朝夕に看護師による体調確認が個別に行われ、配布された体温計とパルスオキシメーターで測った値を報告するらしい。なんだか現実味がなく、急におもしれーなぁ...という心持ちになってきた。

すぐに次は看護師から電話がなり、今日の夕方分の体調チェックをされた。エスピーオーツーとやらを測って、体温も測る。とても優しい言葉をかけてくれる看護師で安心した。今回の感染アレコレで、この世は優しい人ばかりではないから、今後は辛い時大変な時こそ極力人には優しくいよう、と自分に誓った。これだけ強く思えた事だけでも大きな報酬を得たと思う。

十八時、館内放送が流れ、夕食の弁当を受け取りに一階へ降りる。部活動仲間らしき男子学生達の姿も見えた。棚には部屋番号の書かれた袋に弁当が入れられて置かれていた。他にもペットボトルのお茶と水、トイレットペーパー、洗剤、などが置かれていて必要分自由に取って行くシステムになっていた。お茶と水ももらって部屋に戻る。

彼とビデオ通話しながら食べた。弁当は揚げ物が多く、ほとんど食べられなかった。病人の食事ではない。彼はPCR検査へ行ってきたようで、明日結果が出ると言っていた。家族から連絡が入り、次女と妹も同じホテルに来ると言うので、忘れたスマホの充電器を持ってきてもらうことにした。

次女と妹がホテルに着いた頃、事務局員に部屋の電話で連絡を入れると、次女の部屋まで受け取りに行っても良いと言うので充電器を受け取りに行った。隔離生活になる、と何処か寂しくなっていた気持ちが家族の顔を見ると安心して和らいだ。

そのままシャワーだけでお風呂を済ませ、二十時半頃から二時間程また彼とビデオ通話していた。こんなことにもならないとこんなに話せないね、でもこれでしばらく会えないね、と話していた。通話を終えた後、溜まりに溜まった日記をつけ、江國香織を読み、日が変わる前に眠った。