緑のコトノハ

いつか人間になるかもしれません。ならないかもしれません。

そら豆

2022年1月15日土曜日

 

8時頃起床。生理が来ず、体調も良かったら彼氏とコストコへ行こうとなっている日。

ガレット・デ・ロワ作りの途中で歯磨きもせずに寝落ちてしまったので、歯を磨いてすぐにパイ生地に取り掛かる。フェーヴ代わりにアーモンドを入れ、月桂樹の模様を描く。

キッチンで作っている間、母と長女が朝食をとっていて、長女が自分に対してずっと否定的な言葉を浴びせ続けるものだから、育児で頭がおかしくなっているのだとしてもだ、と耐えきれずに「私を否定する人は私の脳内辞書から抹消するだけだから、好きに言っていたらいいよ~」と言ってしまった。手のひらを返したように態度を変える長女を見て、自分と言う人間は怒るというエネルギーの使い方をせずに忘却で代用する省エネ思考の持ち主だったな、と客観的になっていた。怒りは心身を蝕む。

オーブンへ放り込んでから身支度と泊まる準備を始めた。

本当に久しぶりに着飾る気が向いて、綺麗めのロングワンピースを着て、髪も結い上げ、化粧まで施した。鏡台に映る自分を見て我ながら印象がまるで違うな、と感じる。

 

準備を済ませて家を出、11時頃、彼氏の家に着く。荷物を置きに部屋まで行き、焼き上がったばかりのガレット・デ・ロワを見せると1切ずつ食べてから出ようとなって、切ってもらい、キッチンで立ち食いする。うま!と言って頭を撫でられる。また作って、と言われた。ものすごく喜んだ様子を見れて良かった。

 

彼氏の運転でコストコへ向かう。途中銀行に寄ってもらってお金を下ろすと、昨日お給料が入っていた。

道中はずっと話していた。お金はお金ではなくてエネルギーを可視化したものだから、欲しいと思えば遠ざかるものだし特別稼ぎたい欲はないけれど、唯一欲しい理由があるとすれば、お金を無くして平たい社会を構築する為かな~、でもそれにはビルゲイツより稼がないとね~という話。自分の感情の為に怒ることはまずないけれど、他人が自分の存在が為に傷つけられるようなことがあった時には怒り狂う〜でもそれは人生で1回しかなかったな〜という話。

 

到着し、なんだかんだで15時頃まで夕食の買い物をする。自分が個人的に買ったものは家族へのものだけで、彼氏は2万円以上の買い物をしていた。相変わらず物欲が対極同士だ。

途中途中で試食をしてはいたけれどお腹が減ってしまって、帰りにホットドッグを2人で1つ買って食べた。会員証のアップグレードの押し売りの手法が酷すぎて驚いてしまった。

無印良品に寄ってもらい、目当てのものは見つからなかったので貝原益軒著の『養生訓』を買う。彼氏はそこでも冷食を色々と買っていた。

帰宅道中もほぼ話していた。スーパーで買い忘れのものを買い足して、19時頃漸く彼氏宅へと戻って来た。

 

すぐに夕食の準備をする。彼氏が作っておいてくれた南瓜のポタージュ、サラダ、コストコの丸ごと焼いた鶏、無印良品のキンパ。サラダのドレッシングにはナッツドレッシングが良いと言ってハンドブレンダーで作る。

すぐにお腹が膨れた。鶏に至っては脚部分を食べるだけで一苦労した。全て美味しかったけれどナッツドレッシングだけはよく分からないなという味だった。

食後、音楽も映像も流さず、ただソファでだらけていたものだから、そのままセックスの流れになる。食事の残骸をそのままに寝室へ移動して2回した。ものすごく眠たくなったので、お風呂を沸かしてもらう。

23時頃、2人でお風呂に入る。喉渇いた…というと、水をとりに行ってくれる。メイク落とし部屋だ…というと、探しに行ってくれる。タオル…と言わなくても、持ってきてくれる。お風呂上がりも、寝室に脱ぎ散らかしたままの下着や洋服をいつの間にか畳んで持ってきてくれていた。この人といたら自分は何もしなくなるのではないか、と思う。

先週まで無かった洗面台の歯ブラシ立てが2つあって、自分の歯ブラシも立てられていた。