緑のコトノハ

いつか人間になるかもしれません。ならないかもしれません。

2021年

 

2021年を纏め、2022年を構想したいと思います。

こういったことは大抵年末にするものなのでしょうが。明けてしまいましたね、致し方ないです。

 

2021年

 

1月
始まりはHさんとの別離。新年始まって早々の2:22。“さようなら”ではなく、“愛してます”という別れの言葉がとてつもなく哀しかったです。ただ、一頻り涙を流した後、これだけ哀しい幕開けということはここからは上がるのみの1年だろうな、という楽観的な予感もありました。
フルタイムのパート(事務職)とアルバイト(飲食店)を掛け持ちして、休日はパート先の同僚O、マッチングアプリで出会った人と遊ぶ日々。

飲みに行くことと、コミュ力を褒められることが増えた時期。

 

2月
Oと仲良くなり、お互いフリーでありましたので、我々付き合わない?と言うと、本社(東京)へ戻ることになったと誰にもまだ明かしていないことを聞かされるという茶番がありました。
その後お付き合いはしないものの、返ってさらに仲良くなったO、パート先の同僚Aちゃんで遊ぶことが増えました。Oの幼馴染・J君が旅行で来てくれて、何故かJ君と2人、ホテルで朝まで飲み明かしたのは良い思い出です。とても楽しかった。
2月最終日、マッチングアプリで初めて自分からいいねを送ったIと初めて会うことになりました。カレーを食べ、珈琲を飲み、ドライブをして、夕日を見に行き、車内で話し込みました。初めて会ったとは思えないほどの共通点の多さと、話の合い具合。午前から夜遅くまでずっと一緒にいて、帰った後も疲労皆無の謎の1日でした。後にも先にもそんな1日はございません。

 

3月
Iと急速に仲が深まった月。毎日電話やメッセージで連絡を取り合い、映画へ行ったり飲みに行ったり。楽しくて仕方がありませんでした。Iの幼馴染の集まりに呼ばれて顔を出した日、あ、落とされたな、と気付く瞬間がありました。幼馴染と真剣に話し込む姿を見せるのはズルい手法です。Iの転勤の話が持ち上がっていることを知らされた上、身体の関係を持ったことで関係は複雑化します。サイレント期間に突入し、アルバイト先のSさんやパート先のAちゃんに魂抜けてるよ、と言われてしまうほどでした。お恥ずかしい。
この時期、“日記”をブログに挙げている人達の存在、コンテンツとして生業にしている人達の存在を知ります。中でも群を抜いて面白く、ツボを突いてくるM氏の日記を読み始めたのもこの頃です。

 

4月

恋に堕落するのは辞めようと割り切ったものの、1度抜けた魂を上手く取り戻すことができなかった頃。恋ではないようでした。

誕生月。27歳を迎えました。27という数字に感じるものが多く、誕生日だというのに気分が全く晴れませんでした。

仲良くしていたOもいなくなり、Iはバッドに入っていた期間。2020年末あたりから仲良くなってきていたパート仲間のTさん、上司のHさん、親友のRの支えがあって、徐々に元気が出てきました。

長女から、勤める会社に来て欲しいと誘いを受け、とりあえず話を聞くことに決めたのは下旬頃だったはずです。

 

5月

姉の勤める会社の面接でもない面接を受け、一般枠ではないので色々と工程をすっ飛ばして秒で内定をもらいました。元来会社員に不向き過ぎる体質の為、決まってしまってからも悩み続けます。Sさんに相談しにお店へ行ったり、Iと通話で相談にのってもらったり、他にも沢山の人から意見を貰いました。定期的にしてもらっている宇宙マッサージ中、「行っては駄目だ!」という自分の内の声を聞き取り、役員に直接内定を辞退することを連絡。その役員から個人的に平日夜に呼び出され、言い包められるも負けません。これは一方的に言い切るしかない、とメールで辞退を再連絡。

精神的自由は勝ち取ったものの、パートは退職を決めてしまっていたので経済的自由は奪われました。コロナで飲食店も営業できない日が続き、ほぼ無職です。お金との関係と長女との関係は地に落ちました。
そんな中の長女の結婚式。母が1番重要なシーンで倒れ救急車で運ばれるという、思い出深い式。

マッチングアプリで新たに出会って何度か遊んでいた人から告白され、有耶無耶になったりもしていました。

自分の世界の捉え方の基本単位を”波”とし始めた頃です。

 

6月

ハローワークと図書館に通いつつ、ほぼ無職を決め込む日々。この時期良かった唯一のことは、アルバイト先の御二方と仲が深まり始めたということ。お家へ招いて頂いたり、ご飯へ連れて行って頂いたり、仕事関係でハーブを育てているご夫婦のところへ遊びに行かせてもらったり、飲食店やカフェを経営されている方々とのご飯にも呼んで頂いたりなどしました。本当にお世話になりっぱなしでした。

それから長く伸ばしていた髪をショートボブにばっさりと切りました。

まだ仕事のことは考えずに生きておりました。

 

7月

ほぼ無職2ヶ月目。

マッチングアプリでまた新たに出会った男の人とよく遊んでいました。遠くまでドライブに連れて行ってくれて、話を聞いてくれる、悪くはないけれど結局のところはよく分からない、旅好きの男性だったな?と思います。

Iが東京に行った月。

 

8月

5月に呼び出してきた役員から急に連絡が来て食事に誘われ、その食事会でまたもや来てくれ、と誘いを受けます。考えることを辞め、行くことに決めました。急に無職ではなくなりました。

すぐに働き始めることになったので、アルバイトを辞めることにしたのがしんどかったです。様々な急変が少し苦しかったですが、これが最善だ、今だけだ、と思えたので頑張れました。

帰省して連絡をしてきたIと数ヶ月振りに食事に行きました。今まで見せられなかったIの新たな面を知りました。惚れた腫れたの時期は通り越していて、向こうもそれを言わんとするような話をしていました。一緒に車内カラオケでクロノスタシスを歌ったのは可笑しい思い出です。

7月から遊んでいたよく分からない男性の暮らす家に遊びに行き、身体の関係を持ちました。

ずっと日記を読み続けていたM氏とひょんなことで会話する機会がありました。所謂ファンなのでずっと密かに推し続ける予定をしていた為、予想外の出来事に心身が追いつきませんでした。

変化や大きな出来事が多く、心身にストレスが最も多くかかった月でした。

 

9月

この日記ブログを始めた月。日記を綴ることが内面の整理に繋がっていて、自分で自分を助けていたように思います。

今お付き合いしている彼氏と初めてお会いして映画に出かけたのもこの月。

段々と仕事に慣れ始めていた頃。

 

10月

彼氏とよく遊ぶようになった月。私生活の話も仕事関係の相談もできて、よく話を聞いてもらっていました。

元アルバイト先へご飯を食べに行ってMさんSさんと再会し、やっぱり安心感があるなと思ったことも思い出します。

仕事面は徐々に任されることがでてきたけれどまだまだ暇を極めていました。暇だから良いと言うわけではありません。

振り返れば9月、10月は劇的な何かが目に見えて起こっている訳ではないですが、水面下で静かに事の準備が進んでいる感が漂っています。

 

11月

元アルバイト先から声が掛かってお手伝いに行ったり、高校以来で再会した友人とご飯に行って縁を感じたり、再び繋がることが嬉しい月でした。

仕事では上司でもある姉が産休に入ったことで、自分に責任の矢印が向き始めたことも感じ取っていました。

原因不明の焦燥感が酷く、次々にマッチングアプリで知り合った見知らぬ男性と身体を重ねます。

彼氏とは相変わらず週末に遊んでいました。

コロナ禍になってずっと行けず仕舞いだった音楽イベントにも漸く行けました。ただ、楽しい<疲れるという感想を持つことしかできませんでした。人が局所に集中すること、1対大勢という構図のコミュニティに違和感を強く感じていました。

食欲が下降し始めた時期でもあって、鬱と言われてもおかしくないような状態だったのですが、経験したことがあるので分かります。鬱とは違います。2020年終わり頃から“人間じゃない”というフレーズをよく浴びせられるようになっていたのですが、その類の事だと思います。いい加減に自覚しろよ?と言われているのでは、と思わされるような月でした。

 

12月

12月のスタートと同時に霧が晴れたような感覚になりました。天体の関係だったようです。これまでとこれからの流れを読めるようになった瞬間があり、宇宙的な鳥肌ものの気づきの連続で、来年に備える準備の月、浄化の月にしよう、と決意して始まった月。

Iと再び連絡をとることが増えました。彼とのやりとりは自分をとても安心に導くもの。

彼氏とお付き合いする気はなかったのですが、そのような運びになりました。精神と肉体の矛盾です。こうする他なかった。

アルバイトに呼ばれれば行きました。魂の安らぐ場所。

M氏の日記本、という2021年イチ嬉しい買い物ができました。彼は希望です。

酷い胃腸炎にかかり、苦しみました。三大欲求の内の食欲がほぼ無くなり、急激に肉体が痩せました。

少し強引な感じではありましたが、人間関係と肉体の浄化が完了。悲願成就也。

 

2021年はこういった1年でした。

取りこぼしている部分も多くあるとは思いますが。

 

2022年の構想は次回。疲れてしまったので。