緑のコトノハ

いつか人間になるかもしれません。ならないかもしれません。

讃歌

2021年9月23日木曜日

 

0時半頃から明るくなる手前の明朝まで前日の日記のDさんと通話していた。

 

midokoto.hatenablog.com

 

妹とDさんには、自分にとっては大きな衝撃であった昨晩の自己大破がホルモンのせい(PMS)だと捉えられていた事を知り、呆れつつも、同時に自分の中で精神の再構築が完了していることに気づけて、ホッとした。

Dさんにとっては単なる知的好奇心による通話だったのだろうと捉えているが、自分にとっては救いになるような言葉もくれて、やはり得難い、ひとかどの人物であるな、と率直に思った。『駆込み女と駆出し男』で言うところの”素敵の人”である。

 

6時55分、アラームが鳴る前に起きた。

3時間以下の睡眠時間の割には頭がスッキリしている。

朝ごはんに「おいもさんのもち食感ロール」一切れ、蒸しパンの残り、バナナを食べる。

 

今日は無性にオレンジジュースが飲みたくて、通勤途中のコンビニで買う。

祝日で道路が空いている。

 

9時始業。

部長も主任(姉)も社長の娘もいない無法地帯の日。

加えて祝日は業務量の少ない日。

さらに加えて寝不足の我が身。

そんなの寝るしかないじゃん。

ほとんどの時間、パソコン眺める姿勢を保ちながら目を瞑っていた。

 

12時昼休憩。

会社で頼んだ鯖の塩焼き弁当。15センチはあろう鯖の半身が丸々入っていて、副菜も4種、ギュウギュウに詰まった白飯。空腹で食べ始めたのに、後半は鯖に対して殺意沸かせながら食べてた。もう死んでるけど。

完食した時には吐きそうになっていた。

 

13時休憩終わり。

何度も意識が飛びかける午後。

昨日の日記をブログでつけながら、流石に「帰ってくんな。」は言い過ぎたよな、自分の家じゃないしな(あくまで”親の家”という認識)、と反省し、そのことを妹にLINEで謝るが、既読無視。

 

18時終業。

眠すぎて死に間際。帰り道、Mさんとの会話で今日が木曜日であることを知って、今週出勤あと1日?!と俄かに危篤者から幸福者になった。

 

18時半過ぎ帰宅。

時計を外し、手を洗って、眼鏡を運転用から室内用に替え、居間で横になった。

 

19時夕食。

おから、春雨サラダ、納豆、白米。

鰤かまの塩焼き氏も鎮座しておられたが、昼の鯖の塩焼き氏がキッカケで、脂の乗った魚全般とは倦怠期を迎えているため、しばらく適度な距離を保つことにした。

 

食卓で横浜から帰還した妹と顔を合わせ、隣席であったが一言も言葉を交わさなかった。自分のショート寸前の脳内では、眠気の限か~い、飲食への後か~い、とラップバトルが繰り広げられていて、妹云々かんぬんは正直どうにかしようという余裕がなかった。

 

食後速攻で入浴を済ませて、自室へ直行するとベッドの上に何かある。

妹へ頼んでおいたライブの物販グッズと、その上に.......!?!!..........Dさんからの銀座ルノアールのペーパーナプキンに書かれた直筆メッセージ(自分の名入り)が置いてあった。

 

ハ?!と声が出た。しばらく固まって、手に取り、眺め、次にちゃんと読み、その次に何度も読み、アッ!と思って紙の匂いを嗅ぐ(自分きもちわるいな)。

しばらく呆然としていた。

紙の匂いしかしないな、とか、なんで紙こんなクチャクチャなん、とか、やっぱり手書きの字に現れる人の何かってあるよな、とか、「拝啓」とあるけど「敬具」はどこ行ったん、とか。ようやく脳が働きだす。と同時にえげつない幸福感で胸が満たされる。昨夜含め何度かTwitter上でお話したことはあるものの、感極まってしまうほど嬉しく(何で連日涙腺緩ませなあかんねん)、アナログの物理的効果はデジタルと比にならないことを強く実感する。

もはや比べてはならない、別物なのだ。

自分も直筆のファンレター兼返礼状を送ることができたら、と悶々とした。

 

しばらくしてやっとお礼を伝えることを思いつき、TwitterのDMでお礼を伝える。

そして烏滸がましくも、少しは言語化できた昨晩の出来事を綴った記事に目を通してみて欲しくて、このブログの存在を伝える。

自分の図々しさに嫌気がさしながらも眠気は絶頂で、21時あたりで髪も乾かさずに気絶していた。